失敗したことや恥ずかしい思いをしたときのことを思い出すと「あーーー」って言いたくなる(言っている)。
夜寝る前なんかに思い出しちゃうと眠れなくなって最悪。
忘れようとしてもうまくいかないことが多いから、考え方を変えて乗り越える手段をいつも考えたり集めたりしている。
•その挑戦によって実績解除できたと考える
ホームパーティーで失敗料理を出しちゃったことを思い出すときはこう考えるようにしてる。
恥ずかしいけど、でも、楽しいホームパーティーをひらくという実績は解除したのだ。
多少恥ずかしい思い出を含んでいても、その出来事自体は私の人生を豊かにしてくれた。
•恥ずかしさは「批判的なもう一人の自分」が勝手に作り上げている
誰かに直接指摘されたわけでもないのに「自分は恥ずかしいヤツだ。。。」とへこんでいるときは、「批判的なもう一人の自分」がつくりあげた理想と常識に囚われているだけだということを思い出すようにしている。
それが恥ずかしいなんて誰が決めた??
頭の中で暴れている批判者の言葉は聞く価値があるのか??
「批判的なもう一人の自分」が言ってくることに真実や重要なことがあったことはほぼない。
•いま、この瞬間は安全
失敗して誰かに迷惑をかけて、事実としての失敗は消えないとき、「いま、この瞬間は安全」と自分に言い聞かせる。
過去はやり直せないし、未来は保障されていないけど、いまの一瞬一瞬、自分はしっかり生きている。
生きている、安全な、瞬間を積み重ねることで乗り越えていけると自分を励まし、信じると、力が湧いてくる。
•失敗や苦難と共存してこそ人生
苦しみや悩みが一つもない人生は存在しない。
この悩みから解放されたら、この悲しみが時間と共に癒えたら、そのときに幸せに暮らせる、と思って生きてきたけど、本当に解放され癒される時間が来たことはなかった。
嫌な思いがあっても、それも幸せな人生の出来事のひとつととらえて、いまこの瞬間から幸せになると自分で決める。
未解決の悩みがあっても幸せに生きるにはトレーニングが必要。
嫌なことを思い出したらそのトレーニングの題材だと思って、無理に忘れたり納得したりせずに、嫌な気持ちはそのまま受け止めながら、でもひきずられずに目の前のことに集中するようにする。
•やらなかったことより、やったことを後悔して生きたい
よく言われることだけど、失敗して落ち込んだとしても、やらずに後悔したよりはマシ。
ただ、行動ひとつひとつは意識的におこなうようには気をつけている。
ただなんとなくやった、言われたからやったことだと、失敗するくらかいならやらない後悔のほうがマシだったと思ってしまう。
自分で選んだ道だと思えるよう、日々の行動は意識的に選び取る。失敗する価値のあることで毎日を埋めていく。
•他人は自分に興味がない
これはよく言われるけど私にはあまり効果がない。他人は興味がない、他人は覚えてない、だからなんなんだ? 私は私の基準で自分を恥ずかしいと思っているんだけど?となる。
•批判をする人は自分を抑圧している人
やたらにこちらを批判してくる人に影響されて、自分が恥ずかしい存在だと思ってしまったことがあった。自分に問題があると感じてしまった。
でもどうやら違ったらしい。問題を抱えていたのは相手で、自分自身に日頃から向けている批判の矢を周囲に向けることで、自分の痛みから目を逸らしているだけの人。
自分を抑圧して、それに他人を巻き込む人の、無意味で非生産的な批判の言葉に付き合う必要はない
どの考え方に励まされるかは、悩みや失敗の種類と、そのときの自分の心身のコンディションに依る。これからもバリエーションが増えたら書き足していきたい。